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神戸地方裁判所 昭和30年(タ)21号 判決

原告 丸山妙子

被告 水野勇(いずれも仮名)

主文

原告が被告の子であることを認知する。

原告の扶養料請求の訴はこれを却下する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項同旨及び被告は原告に対し昭和三十年四月一日より、昭和四十年三月末日まで毎月末日金五千円宛を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告の親権者母丸山由美は、昭和二十五年四月頃より神戸市内三宮において、被告とともに繊維製品の販売業を営んでいたが、昭和二十六年二月頃より被告と肉体関係を結ぶに至り、同棲しているうちに原告を懐胎し、昭和二十八年十二月十四日、神戸市内牧野産院において、原告を分娩し、被告は、その実兄の水野妙一の名にちなんで「妙子」と命名した。

二、そして、被告は原告と母の生活費として毎月金一万五千円乃至金二万五千円の仕送りをし、かつ原告を可愛がつていたが、昭和三十年三月一日に至り、急に、前記由美に対し原告の認知をしてやるから従来の関係を解消したい旨申し出たので、由美もこれに同意した。

三、ところが、被告は前記約旨に反し、原告の認知をしないのみならず、その扶養料の仕送りもしないため、母子は生活に窮し原告は、昭和三十一年四月二十七日、神戸家庭裁判所に原告の認知及び扶養料請求の調停を申立てたが、該調停は同年六月二十二日不調となつた。

四、しかし、被告は、原告の父として、原告が成年に達する昭和四十八年十二月まで、原告を扶養する責任があり、その扶養料は、原被告間の生活程度及び原告の実際の入費並に被告が過去において原告に支払つていた金額等よりして一カ月金五千円を以て相当とする。

五、よつて、原告は被告に対し、原告が被告の子であることの認知を求めるとともに、とりあえず、被告が原告の養育費を支払わなくなつた後である昭和三十年四月一日以降昭和四十年三月末日まで毎月末日金五千円宛の扶養料の支払を求めるため本訴に及んだ。

六、被告主張の抗弁事実中、被告主張の日に、由美が被告より金十六万六千円を受領したことは認めるが、その余は争う。右金員の性質は手切金である。かりに、右金員の授受につき被告主張のような条件が附されたものとしても、認知請求権並に扶養請求権は放棄することができない身分上の権利であり、まして由美が原告を代理して放棄することができないことは当然である。

立証として、甲第一乃至第三号証を提出し、証人小林たま子、同金谷弘一、同立石澄子の証言、及び原告法定代理人本人の供述、並に鑑定の結果を援用し、乙第一、二号証の成立を認め、利益に援用すると述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告の主張事実中、被告が原告の親権者由美と神戸市内三宮において繊維製品の販売業を営んでいたこと、右由美が原告を分娩したこと、被告が右由美に対し小遣銭等金品の供与をしたこと、及び原告が神戸家庭裁判所に対し原告の認知を求める家事調停の申立をしたが、その後該調停が不成立となつたことはいずれも認めるが、その余の事実はすべて争う。

二、前記由美が原告を懐胎した当時、被告は右由美と肉体関係を持つたことはない。右由美は、かねて亡夫丸山定次との間に当九才の長女芳子を儲けているが、昭和二十五年三月、夫と死別後実家に帰来中、近親との折合も悪く、神戸市内のアパートに転居し、その間ひそかに異性との交友関係を保ち、又被告の営業手伝中、被告の指示によりその取引銀行に赴いた際、由美自ら費消せんがためほしいままに被告の貯金の払戻を受けた事実等があり、その素行上従来より兎角の噂のある女性で、原告を分娩後、被告に対し事実をまげて子の認知、扶養料の請求をするものである。

三、かりに、原告が被告の子であるとしても、前記由美は、昭和三十年三月一日、被告に対し、被告との過去における肉体関係並に一切の交際を断絶することを約し、被告より金十六万六千円の交付を受け、将来、同日までに被告との間に生じた一切の権利義務を放棄し、一切の要求をしないことを確約したものであるから、子の認知請求権はもちろん、扶養請求権をも放棄したものである。

四、かりに、そうでないとしても、前記由美は手切金の意味をも含め金十六万六千円を被告より交付せしめ、一切の請求権の放棄しながら、なお原告の扶養料を請求するのは権利の濫用として許されない。

五、以上の次第により、原告の本訴請求には応じられない。

と述べ、

立証として、乙第一、二号証を提出し、証人金同九の証言及び被告本人の供述を援用し、甲第一、二号証の成立を認め、甲第三号証は被告の筆跡によるものであることは認めると述べた。

理由

一、まず、原告の扶養料請求の訴の適否について考えてみるに、扶養をすべき者及び扶養の程度、方法については家庭裁判所がこれを定めるものとされ、(民法八七九条、家事審判法九条一項乙類八号等)子の認知の訴には他の訴を併合することはできない(人訴法二二条一項七条二項)し、扶養料請求の訴を地方裁判所に提起できることを認めた規定がないから、扶養料の請求は家事審判事項に属し、民事訴訟事項に属しないといわなければならない。そして、地方裁判所に提起された扶養料請求の訴を、家庭裁判所に移送しうる規定がないから、右訴は、不適法として却下する外はない。

二、よつて、次に認知の訴について判断する。

公文書であるからその成立を認めうる甲第一号証及び原告法定代理人本人の供述によれば、丸山由美が昭和二十八年十二月十四日原告を分娩したことを認めることができる。

そこで被告と原告との間に父子関係があるかどうかについて考えてみるに、被告の筆跡によるものであることは被告の認めるところであるからその成立を認めうる甲第三号証、及び証人小林たま子、同金谷弘一、同立石澄子の証言、並に原告法定代理人本人の供述によれば、丸山由美は昭和二十五年四月夫に死別後女児一人を抱えて神戸市内三宮、国鉄高架下で繊維製品の販売業を営んでいたところ、客として出入していた被告と知り合い、同年八月頃、被告と共同で経営することとなつたが、その共同経営中昭和二十六年二月頃から、被告と肉体関係を結ぶに至り、同年六月同市生田区北長狭通三丁目十一紫明荘の一室を借り、爾来昭和三十年二月初まで被告と同棲を継続していたこと、右由美は、その間、昭和二十八年三月頃原告を壊妊し月経が止つたこと、同年二、三月頃には、被告は地方出張が多かつたが、隔日位には由美のもとで泊り肉体関係を結んでいたこと、由美は被告と同棲中、被告以外の男性と肉体関係を結んでいないこと、被告はみずから、被告の実兄の水野妙一の「妙」の字をとつて原告を「妙子」と命名したこと、由美が被告に対し原告の認知を求めたのに対し、被告はこれを承諾していたことを認めることができる。右の認定に反する被告人の供述は前記各証拠に対比し信用しがたく、証人金同九の証言によつては右認定を左右できない。他に右認定を覆すに足る証拠はない。のみならず、鑑定の結果によれば、諸検査成績によるも原告が被告の子でないことが証明されないし、かつ被告の子であつても不都合はないことが結論されている。以上の事実を考え合わすと、原告は被告の子であると認めるを相当とする。

被告は、原告の親権者由美が被告に対し、原告の認知請求権を放棄したと主張するが、これに符合する被告本人の供述は後記証拠に対比し、軽々に信用しがたく、他に右主張を肯認するに足る証拠はない。かえつて、原告法定代理人本人の供述によりその成立を認めうる乙第一、二号証及び証人小林たま子の証言並に同本人の供述によれば、被告は、昭和三十年三月一日、由美に対し、原告の認知をしてやるから手を切つてくれと申出たので、由美もこれを承諾し、被告より自分との手切金として金十六万六千円を受領し、被告の求めにより、被告の用意した原稿に基き、同日までに被告との間に生じた一切の権利義務を放棄し、今後一切の要求はしないとの趣旨の被告宛の「確認証」と題する書面をしたため捺印の上、被告に交付したことが認められ、該事実によると、由美は原告の法定代理人として原告の認知請求権を放棄していないことが認められる。よつて、被告の右主張は、認知請求権を放棄しうるかどうかは別として、もはや、これを採用することはできない。

以上の次第により、本訴請求中、被告の子であることの認知を求める原告の請求は正当であるから、これを認容し、扶養料請求の訴は不適法としてこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 尾鼻輝次 大西一夫)

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